12.高度経済成長へ 昭和後期①

新潟大火と復興

 昭和に入っても街並みの大きな変化は大火となりました。昭和30年(1955)10月1日、中心市街地の主要な建物が全て焼失したといっていいほどの被害となりました。小林百貨店・大和百貨店・新潟市役所・新潟郵便局・第四銀行本店・竹山病院・新潟日報社・新潟県農協に加え、古町商店街も焼け野原となりました。これを機に市や県は近代的な防火都市とする復興計画を立てました。なお新潟大火は、大和百貨店7階の「ラジオ新潟」が前夜から台風情報を流しており、火災の発生の一報から実況中継がされました。これだけの大火に死者が出なかったのは不幸中の幸いでした。
 掲載した『大火の復興 柾谷小路付近』の写真には、「新潟郵便局」とその左には耐火建築が出来ており、その左の「大和百貨店」には清水建設の看板がみえ、建設中であることがわかります。『4代目市役所』は、昭和の終了とともに現在の市役所へ移転し、跡地には現在NEXT21が建っています。

(写真提供 / 新潟市)


対岸から見た新潟大火(昭和30年・1955年10月1日)横谷渓水氏 撮影

 


焼けた古町7番町(昭和30年・1955年10月)長谷川幸一氏 撮影

 


大火の復興 柾谷小路付近(昭和31年・1956年10月1日) 本間喜八氏 撮影

 


4代目市役所