4.本格化する西洋建築 大正期①

明治41年 新潟大火

 明治41年(1908)の2度にわたる大火は、新潟市の中心市街地を大きく焼き尽くしました。明治13年(1880)の大火で焼失し再建された「お役所」と「郵便役所」もことごとく焼き尽くし、明治19年(1886)に開通した「初代萬代橋」も焼失しました。3月8日は、市内中心部東側1,198戸を焼失、9月4日は市内中心部西側2,076戸焼失しました。これを契機に新潟市は都市改造を行うとともにモダンな「西洋建築」が数多く建てられていきました。掲載した『イタリア軒パンフレット』は、大正15年(1926)の新潟築港直後に使用されていたもので、『新潟市略図』として街区と主要な建築物名が記載されており、当時の新潟市の全体像を知る上で貴重な資料です。なお略図にある「県会議事堂」と「税関」は、明治41年(1908)の大火での類焼はなく現在まで伝わる新潟の誇る重要文化財です。

(写真提供 / 新潟市・イタリア軒)


明治41年3月8日 新潟大火後の萬代橋橋詰から柾谷小路方面左側を望む(明治41年・1908年)
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明治41年3月8日 新潟大火後の萬代橋橋詰から柾谷小路方面右側を望む(明治41年・1908年)
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新潟大火で燃えた萬代橋(明治41年・1908年)

 


新潟大火後の古町6番町(明治41年・1908年)

 


「新潟市略図」・イタリア軒パンフレット(昭和元年頃・1926年頃)