7.本格化する西洋建築 大正期④

古町とイタリア軒

 明治41年(1908)の大火で焼け野原となった古町6番町も大正期には再び賑わいのある街並みとなりました。掲載した写真の左中央の2つの尖塔をもった建物が『電気館』で、現在の「富士屋 古町本店」あたりに建っており、大正3年(1914)に新潟で2番目にオープンした活動写真館(映画館)です。なお1番目にオープンしたのは「大竹座」で、かつての寿座(劇場)を全面改装し、弁士や楽隊などを東京から招くなど、全国屈指の活動館でした。
 明治41年(1908)の大火をくぐりぬけたイタリア軒は、大正9年(1920)に株式会社となり、鉄筋コンクリートと煉瓦造3階建として新築されました。掲載した『記念写真』は、明治39年(1906)に大阪麦酒(アサヒビールの前身)と日本麦酒(恵比寿ビールを製造)、札幌麦酒(サッポロビールの前身)が合併して誕生した「大日本麦酒株式会社」の合同20周年記念がイタリア軒で行われたことを示しており、当時のイタリア軒の格式や人気を感じさせます。
※ 大日本麦酒株式会社は戦後の昭和24年、過度経済力集中排除法(財閥解体)により朝日麦酒(現アサヒホールディングス)と日本麦酒(現ザッポロホールディングス)に分割されました。

(写真提供 / 新潟市)


電気館(大正3年・1914年 竣工)古町通6番町

 


右側奥 大竹座(大正3年・1914年竣工古町通8番町

 


2代目イタリア軒(大正13年・1924年 竣工)

 


イタリア軒にて大日本麦酒株式会社20周年記念(大正15年6月18日・1926年)

 


「新潟市略図」・イタリア軒パンフレット(昭和元年頃・1926年頃)